横浜オンヌリキリスト教会/YOKOHAMA ONNURI CHRIST CHURCH

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〒231-0012 神奈川県横浜市中区相生町 3-63 八百政ビル4階
Tel&Fax : 045-641-6468
牧師 徐 顕 (ソ・ヒョン)

横浜オンヌリキリスト教会/YOKOHAMA ONNURI CHRIST CHURCH
横浜オンヌリキリスト教会 この世で一番の奇跡

数年前、オグ・マンディーノという作家の著作が大ヒットしました。
そのブームの火付け役となった彼の代表作は、『十二番目の天使』。
それに次いで大きな反響を呼んだのが 『この世で一番の奇跡』です。
その作品の中で、マンディーノ氏は主人公の老人の口を通して、彼なりの「不幸の仮説」を提示しています。

「どうしてわしらが不幸なのか、ですか?あなたのためにもう一度言いましょう。わしらが不幸なのは、自分を敬う気持ちを失ってしまったからです。わしらはもはや、自分がかけがえのない奇跡であることを、神の特別の創造物であることを信じていないのです。」(PHP文庫P110)

彼はこの「不幸の仮説」の中で三名の著名な科学者の残した「負の遺産」について触れています。

横浜オンヌリキリスト教会 コペルニクス
横浜オンヌリキリスト教会 コペルニクス

コペルニクスが登場する以前、人間は、地球こそが神の創った世界の中心であると信じていたのです。
しかし、コペルニクスは地球が物理的宇宙の中心に位置するのではないということを明らかにしたのです。
神の目の中心であるということが、すなわち宇宙の中心であると信じていた当時の人間にとっては、この発見は、大変その自尊心を混乱させる結果となりました。

横浜オンヌリキリスト教会 ダーウィン
横浜オンヌリキリスト教会 ダーウィン

コペルニクスによって混乱し始めた人間の自尊心は、その約400年後に更に致命的なダメージをもらうことになりました。
それがダーウィンの「進化論」です。この仮説では、人間とはアメーバから湧き出た、単なる偶然の産物であるというものです。
人間の存在は偶然であり、創造主なる神によって、意図された必然的存在ではないという仮説です。

しかし人間の存在が必然ではないとするならば、人間とは「いてもいなくても、どちらでもよい」存在ということになります。
この仮説を受け入れた人間の自尊心はますます失墜しました。進化論を国家レベルで受け入れたナチス・ドイツは、進化の遅れたとされるユダヤ人や、身体障害者たちを、「進化促進」という大義を掲げて、使命感に燃えて、虐殺しました。
この仮説は、人間から自尊心を奪い、惰性的、動物的、不道徳的に生きることへの「許可証」となってしまったのです。

横浜オンヌリキリスト教会 フロイト
横浜オンヌリキリスト教会 フロイト

フロイトによると、人間は自分の行動や思考の多くを制御できないし、それらを理解することすらできないというのです。なぜなら、それらは幼児期に親から受けた愛情や、また受けた抑圧などの経験に根ざし、条件づけられたものであり、今や、無意識の奥に埋め込まれてしまっているからだというのです。
フロイトの意図ではなかったでしょうが、結果的にこの説により、人類は心の中の問題と、そこから派生する行動に対し、責任を転嫁できる「許可証」を与えられることになったのです。
「もはや自分たちの行動を合理的に説明する必要はありません。単に行動し…その責任を父母のせいにして責めればいいのです。」(P113)

GIGO(Garbage in Garbage out)というコンピューター用語があります。
それは誤った情報をインプットすれば、誤った結果がアウトプットとして出てくるという意味です。
コンピューターは、「入ったものしか出さない」のです。人間の心にも、同じような習性があります。
「幸福な人生」というアウトプットのために、私たちは自分の心の中にどのような情報をインプットすべきかを選択しなければなりません。
人間の自尊心を堕落させるような価値観や世界観があるのです。そして不幸にも、それらが「一般常識」とされている場合もあるのです。
しかしもしあなたが、「幸福な人生」を志す人であるなら、どうか、「一般常識」だからといってすべてを鵜呑みにしないでください。
アナトーレ・フランス(ノーベル文学賞1921)は「もし五百万人が愚かな言葉を言ったとしても、それはやはり愚かな言葉に変わりはない」と言っています。

横浜オンヌリキリスト教会 あなたこそ最高の奇跡

「わしらが不幸なのは、自分を敬う気持ちを失ってしまったからです。わしらはもはや、自分がかけがえのない奇跡であることを、神の特別の創造物であることを信じていないのです。」(PHP文庫P110)

神については、無数の見解があります。石や木で形を作り、それを神として崇める人もいます。太陽や月を神とする人もいます。さらには、人間を神格化し、崇める人もいます。しかしどんな多様な神観があったとしても、宇宙と自然界を見て、「ここだけには神の業は見られない」などとする神観はないはずです。むしろ宇宙と自然の中にはっきりと見られるデザイン性や秩序という「神秘」こそ、すべての「神探求」の動機ではないでしょうか。

単純です。明らかです。私たちの目の前には、説明のできない大きな「奇跡」が横たわっているのです。この世界は、明らかに知性を持った何者かによって設計され、創造されたものです。ノーベル物理学者のアーサー・ホリー・コンプトンは、「設計のあるところに『知性』があるというのは、論議の余地のない事実である。」と言っています。そして、この宇宙の秩序という大奇跡の中で、最も驚くべき奇跡とは、正に、この文章で扱われている「幸福の道とは?」「被造物の神秘の指し示すものは?」などを問い続けている、私たち人間自身なのです。つまり、この全宇宙の中で最高の奇跡とは、実に、「あなたご自身」なのです。

実際、あなたご自身をよく見てください。あなたには明らかなデザイン性があり、素晴らしい機能が兼ね備えられています。他の人と比べるのではありません。あなたの独自のユニーク性に、最高の美が存在するのです。

またあなたには、あなただけに与えられた性格や才能があります。あなたは誰のコピーでもありません。あなたはなたであり、あなたにしか果たせない使命と計画があるのです。あなたはいてもいなくてもどちらでも良いという軽薄な存在ではなく、創造主の意図した目的があるのです。誰があなたをいかに評価しようとも、創造者にとっては、あなたという存在は「不可欠」な存在なのです。あなたはかけがえがないのです。あなたには、どうしても「いてもらわねば困る」のです。この世界がどんなに広大で美しくても、あなたを欠いた世界など、神にとってはすべて無意味なのです。

もし、私たちが、そのような価値観から世界と自分を見つめながら、生きて行くのだとすれば、私たちの人生はどのように転換してゆくでしょう。このように健全な自尊心をもって生きることが可能だとすれば、私たちはどれほど、世界に良い影響を与えながら生きてゆくことになるでしょう。私たちは、このように「自尊心」を引き上げる」情報に、もっと触れていなければならないのではないでしょうか。

横浜オンヌリ・キリスト教会は、皆様が真の幸福の中を歩まれるように、毎週日曜日に、心温まる、幸せメッセージを用意してお待ちしています。お越しになられた方々は、素晴らしく人生の変化を経験されています。皆様のお越しを心からお待ち申し上げております。